自動車をめぐる状況は少し前までカーボンニュートラルのためにガソリンエンジン車を廃してEVへ転換しようという雰囲気だったのですが、今年に入ってからは少し風向きが変わったように見えます。
EUは今年3月に2035年までにガソリンエンジン車の新規販売を禁止するという方針を変更しました。この背景にはガソリン車メーカーからの要望があるとも言われていますが、EVへの転換が予想以上に困難であることが判明してきたことも理由だと思われます。
EVの価格は低下傾向ではあるものの、依然として高額な価格帯に留まっており、これが普及の足枷になりつつあります。EVには多額の補助金が投入されているにもかかわらず普及価格帯と言われるレベルまではまだ程遠く、平均的なガソリンエンジン車の価格を下回ることができていません。
このようにEVが一般に普及する価格にならないのは何に由来するものなのでしょうか。この価格帯でなくてはならない理由があるのでしょうか。
EVが高額な理由
EVが高いままである理由はいくつかあります。代表的にはバッテリーのコストが高いからだと言われることが多いでしょう。バッテリーは年々進化を続けており、コストも低下し続けてはいますがEV全体のコストにおいてはまだ大きな割合を占めています。
これはEV用のバッテリー製造が新しい技術の塊であるため、規模の経済が働きにくいためコストの削減が遅れているという側面もあります。今後のバッテリー技術の進展によってはさらに生産コストが増加してしまう可能性もあるでしょう。
EVはまだ市場規模が小さく、普及しきった製品ではないため、メーカー同士の競争もまだそれほど激しいものにはなっていません。またEVは新しいテクノロジーでもあり希少性のある製品になるため、プレミアムが高価になりがちです。
さらに車種ごとの事情として需要に対しての生産が追いついていないものもあり、一部の地域では追加料金を付加することもあったようです。
ガソリンエンジン車なども含めて、このところの物価の上昇や半導体不足の影響で値上がりが続いていることも問題を複雑にしています。自動車自体が高額化しているためEVの価格が目立たなくなっています。
ただこうしたこととは別にEVが高価であることの本質的な問題は、EVの設計自体が高級志向なものになっていることにあるのではないでしょうか。
EVの新車種の多くにはガソリン車の既存のモデルが存在し、それを電気自動車化したモデルという位置づけで設計されています。こうしたガソリン車モデルとEVモデルは共通部品がないわけではありませんしデザインも確かに似てはいますが、基本設計は大きく異なっています。
ガソリンエンジン車の設計思想がEVの設計に大きな影響を与えており、ガソリン車での一般的な航続距離、ボディサイズ、装備といった特性がそのままEVに持ち込まれており、デザインや想定される使われ方も基本的に同様なものとして売られています。
高級自動車メーカーもEV開発に多く参入していることはメーカー間の競争の争点はコストにはなっていないことの証左だとも言えます。実際に売れ行き上位の車種はラグジュアリーな装備と重厚なボディをアピールしており環境性能や費用対効果はあまり重視されていません。
ガソリン車とEVを同列にして販売することは消費者には受け入れられやすいかもしれませんが、EVの特性を活かした商品性の開発にはつながっておらず、社会の交通システムの設計にも歪な影響を与えることになってゆくのではないでしょうか。
EVのランニングコスト
EVはガソリン車に比べて機械的な可動部品が少ないため、定期的なメンテナンスの必要性が小さくなり、維持にかかる経費が安くなるのではないかと言われています。本体が高価である分はランニングコストでカバーできているのでしょうか。
ここでは米国やヨーロッパの状況を参考にランニングコストを調べてみました。
EVの自動車税
バッテリーEV(BEV)は国によって名称は異なりますが自動車税(道路税)を免除されていることが多いようです。渋滞抑制のための都市流入税や排出ガス制限エリア規制なども免除されています。
逆にイギリスでは2025年からEVも道路税を課すことが発表されました。EVの税優遇も普及に伴って変更されることも増えてゆくのでしょう。なおイギリスでは新車購入時に車両価格の25%の物品税が課されていますが、EVでは2%が適用されています。
駐車料金の割引や無料化、バス専用道を走れたり充電設備の無料使用などEV転換へのインセンティブはまだ当面続きそうです。
EVの充電費用
EVの充電のための費用は充電設備の種類や場所によって異なります。
スマート家庭用充電器を使用するとオフピーク時に充電を行って電気料金が割り引かれたりします。
公共の充電設備はたいてい無料で使用できます。無料でない充電施設でもガソリンの給油などよりずっと安価に充電できます。職場に設置されている充電設備では勤務時間に無料で充電できる場合が多いようです。
基本的にEVの充電に関してはほとんど費用がかからないのが現状であるようです。もちろん地域や車両の性能、充電設備の性能などで異なるでしょう。
EVの保険とメンテナンス費用
EVの保険は一般的にガソリン車、ディーゼル車の保険より高くなっています。EVに使われている技術や装置は修理や交換には多額の費用がかかる可能性が高く、修理のために専用の設備や専門の整備士が必要になる場合があります。
ただしEVの普及に伴ってそうした環境も整備されてゆき、いずれ保険の費用も下がってゆくとも予想されています。
ランニングコストは安いけれど
現状においてはEVを維持するためのコストは一般のガソリン車に比べてかなり安くなるようです。保険のようにEVが普及するにつれてさらに安くなると見込まれるものもあります。
しかしEVの購入や充電設備の設置になどには多種で多額な補助金が出されていますが、ランニングコストの多くも優遇的な税制や補助金などで支えられており、EVへの転換のための政策もEVの普及とともに廃止されてゆくと考えられます。
EVはいつまで高価なのか
EVには需要があり、いずれ大量生産体制が整うため将来的に価格が低下してゆくことは間違いありませんが、材料費の多くを占めるリチウムイオン電池の供給量に限界があるため、これが当面のネックとなるでしょう。
またこれからEVの中古市場が立ち上がることやバッテリー価格の変動など、EVの価格に影響を与える不確定な要素はまだ多くあり正確な予測は困難です。
単純な計算においてもEVがガソリン車を置き換えるほど普及した場合に必要となるリチウムは現在の産出量の数十倍となるため、リチウム資源の調達で根本的な解決が早期に見られないのであれば、結局EVは高価なままになるでしょう。
リチウム自体は世界に豊富に存在しており、これまで採算が取れないと考えられていたリチウム鉱石の鉱山も現在のリチウム価格の高騰によって世界中で開発が行われるようになっています。
リチウムの製造にはリチウム鉱石からの精製過程が必要であり、リチウム精製所の大半は中国にあります。このため米国を中心にした世界各国はリチウム鉱山の開発に予算を付けるなどによりバッテリーのサプライチェーンの構築を急いでいます。
数年前までリチウムを使わない電池も多く研究されていましたが、現在ではほとんど開発が進んでいません。将来的に普及すると見られている全固体電池も現在のバッテリーよりも多くのリチウムを必要とするため(逆という説もある)、リチウムの需要が継続的に下がることは考えにくい状況です。
EVに適した車両構造
EVが高価になるのはバッテリーのコストが高いからです。また航続距離が数百kmというガソリン車並の性能を想定した設計をしているため、その分のバッテリーを積む必要があり、バッテリーの容積や重量が大幅に嵩み、車両の大きさや重量も大きなものが主流となっています。
バッテリーの容量が多いため充電の時間がかかり、充電設備もそれに対応して高規格のものが必要になります。車重が重いためフレームやボディなどの剛性も強化する必要がありさらに車重を重くします。重い車重は安定した走行には寄与しますが、エネルギー効率は悪くなります。
こうした設計は必ずしもEVに適したものとは言えないのではないでしょうか。つまり小型のモビリティのようなもののほうがEVの特性に合っていると考えるほうが合理性があります。
航続距離を100kmほどに設計し、搭載するバッテリーを減らします。車両もそれに合わせて小型軽量化し、内装や装備も簡素なものにします。搭乗人員も二人で良いでしょう。
こうした小型のEVは必要なモーターの性能、足回りやフレームも軽量化できるためエネルギー効率もよくなり電費や加速性能も担保しやすいでしょう。充電設備も家庭用電源で代用できるかもしれません。何よりバッテリーが減らせるのであれば車体の価格も大きく下げることができるはずです。
私たちのクルマの利用シーンは普段の買い物と駅や学校への送り迎え、近隣への通勤通学で九割以上を占めるはずであり、足りない部分はタクシーなどの公共交通機関、レンタカー、ライドシェアなどで補うことができるでしょう。
小型のEVはこうした生活に密着した部分のモビリティとして利用することに向いているはずです。ガソリン車と同じ土俵である必要はなく、用途に合わせた棲み分けが検討されても良いでしょう。
まとめ
EVの価格はリチウムの価格変動に当面は影響を受けることになるでしょう。そしてEVのクルマとしてのコンセプトが現状のままであれば高額な価格帯が維持されることになるでしょう。
現在は富裕層向けの高級なモデルからEVへ転換がなされていますが、庶民がEVに乗ることが一般的なことになるのはもう少し先の話になるのではないでしょうか。
EVの転換には多額の補助金によって実現されつつありますが、リチウム価格が高騰したままであれば実質的な高額所得者向けの補助金ということになってしまうため、あまり長くは続けられないかもしれません。
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