未婚男性の一人として言いたいこと

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わたしは男性で未婚なのですが、正直なところそれを自分の社会的な属性として意識したことはあまりありませんでした。ところが未婚男性は平均寿命が短いという統計結果が出たことによって、いろいろな文脈において集合としての未婚の男性が話題になることが増えたように思います。

その取り上げられ方は様々ではあるのですが、総体的に未婚男性が必要以上に揶揄されているようにも感じます。

ここでは未婚男性の一人として私が考えたことをまとめてみました。

未婚男性の平均寿命は約67歳

数年前に最初に未婚の男性の寿命が極端に短い、という記事を読んだときには、また統計データを捻じ曲げて見出しにしたような記事なのかな、と訝しみながら読んだ記憶があるのですが、今になって調べるとそれほどオーバーな話ではないようで、実際に未婚の男性の寿命は短いと言えるようです。

しかも寿命が短い傾向があるというぐらいの軽い話などではなく、未婚を健康リスクに換算すると15年以上のロスになり、死別男性とは20年もの差ができています。

数量的な受け取り方についてはまだ議論の余地があるかもしれませんが、とにかく未婚男性の寿命が短いという結論の統計的有意性までは揺るぎそうにありません。

これほど大きな死亡要因は他に例はないと思われますので、これまで見過ごされてきたとすればそのこと自体が驚きではあります。

放置される「未婚男性の短命」

集団間の寿命の格差についてこれほど有意な結果が出ているのですから、本来であればもっと深刻な社会的な問題としてとらえられ、対策が練られることになっていてもおかしくはないはずです。

どうして未婚男性の短命問題はこれほど放置されているのでしょうか。理由は大きく3つ考えられるでしょう。

理由その1 個人の意思の尊重

婚姻するか否かは個々人の選択の問題であり、それを侵害するような社会からの介入は不適切だ、という大きな前提があります。わたし自身も基本的にはそういう認識であり、この前提のもとに自分で結婚はしないという決断をしました。

ただし社会の持続性の観点からすると、この前提を尊重した上で婚姻をしやすい環境を作るなどの社会的課題としての解決が求められることになります。少子化対策や社会保障の持続可能性のために社会的要請と婚姻選択の自由の対立が深まりつつありますが、やはり個人の意思の変容を促す試みはいかなる問題であっても困難であるようです。

また婚姻するか否かの話の前に、未婚男性の短命問題を「未婚男性が婚姻する」ことで解決できるのか、あるいは解決して良いのかという根本的な問題があるはずで、その点の理解がまだ進んでいないこともあるのでしょう。

理由その2 当事者が不在である

私もそうでしたが、社会の中で自分を未婚男性だというふうに位置づけて考える人は少ないでしょう。30代、40代の未婚男性の多くは生涯未婚でいこうと確信を持った選択をしているわけではありません。チャンスがあれば結婚することもあるだろうとなんとなく考えているわけで「未だ結婚せず」の未婚状態にあるという認識でしょう。

つまり自分が未婚男性というカテゴリーに属しているという自覚を持った人は稀だということです。このように「未婚男性の短命」について当事者として問題意識を持てる人が少ないのであれば、社会としてもあえて問題として取り上げる動機も少なくなるわけです。

理由その3 社会保障の生贄

これはかなり穿った見方というものでしょうが、社会保障の維持のために「未婚男性の短命問題」がおそらく無意識的なところで放置されているのではないかという仮説です。

未婚男性の死亡年齢中央値で67歳ということは未婚の男性の半数近くはほとんど年金を受け取ることなく亡くなっていることになります。これは年金基金の財務状態からすればかなり健全化のほうに貢献しているとも言えます。もちろん健康保険についても同様でしょう。

しかしこれは一面の事実ではあったとしても、社会の公正や公平という観点においては否定されるべき仮説なのであり、「未婚男性の短命」は社会的な問題としてもっと考えられるべきでしょう。

因果関係の解明を求めて

そもそもどうして婚姻の有無で寿命が変わるのでしょうか、この因果関係は今のところはっきりとしていません。統計から読み取れることは、婚姻することで寿命が伸びるというよりも、男性に限っては婚姻しないことで寿命が短くなるということだけです。

客観的な事実だけを記述すれば、婚姻は役所に届けを出したというだけの話であり、その事実によって人の寿命が変わるという原因にはなり得ません。婚姻が寿命を決めると言えるとしてもかなり説明不足であるはずで、婚姻によって何がどう関係して男性の寿命に影響を与えているかが問題であるはずです。

また未婚男性の状況も人それぞれであると同時に、婚姻の実態も各々の夫婦でまったく違う状況にあるでしょう。理想的ないつまでも仲睦まじいカップルもいるでしょうし、実質的な関係が破綻して別居などをしている夫婦も珍しくはないでしょう。

こうした様々な婚姻の形態がありながら、統計ではそれらひとまとめに集計することになります。人によって実態に多様性がある婚姻をしていないから男性の寿命が短いのだ、と言われても素直に納得はできません。

それでは婚姻が男性の寿命に影響を与えている原因はいったい何なのでしょうか。少し仮説を立てながら考えてみましょう。現在ネットなどで言われている原因をまとめてみると、概ね「生活習慣」と「経済状況」および「社会的孤立」などがあるようでした。

生活習慣説

未婚の人と配偶者のいる人で大きく異なるのは食生活などの生活習慣だとして、これが寿命の長さに影響を与えているというという説です。

配偶者の有無などで死因を分けた統計があり、これを見ると未婚者の死因は腎不全、高血圧、糖尿病などが有配偶者よりも多く、癌や自殺は少ないことがわかります。

癌については未婚者の死亡年齢が比較的若いので少なくなっているのだと思いますが、他のものは食生活や運動習慣が影響した結果である可能性が高いでしょう。

つまり婚姻によって生活習慣が健康的なものになっている、もしくは未婚男性は生活習慣が乱れがちなことが原因として大きいと考えられます。

またパートナーがいるとお互いに健康や生活習慣を気づかえたり、自分の健康に対しての意識が高まることもあるのかもしれません。

経済状況説

多くのアンケートなどで結婚をしない、あるいは結婚できない理由としてあげられるものに「お金がない」があります。実際に未婚者の所得や資産は有配偶者に比べて少ない傾向にはあるでしょう。

経済状況が厳しいと生活習慣を改善することが困難になり、ストレスもたまりやすいでしょう。医療にもかかりにくくなり、無理をしてでも働くことになります。

こうしたことが重なり結果として寿命を縮めているという説です。

社会的孤立説

社会的孤立は家族や周辺の人々との接触がほとんど無い状態のことです。

他者とのコミュニケーションは生きてゆく上では不可欠なものなので、未婚の男性は仕事をやめた段階で他者との関係性が一気に失われ、社会的孤立に陥るために寿命を縮める原因となっているという説になります。

他者とのコミュニケーションや関係性はストレスになることも多いはずで、個人的にはあまり納得感はない仮説です。また孤立感や孤独感を強く感じてしまい、それが負担になってしまうような人は既に婚姻を選択するか、他者との関係性を構築しているのではないかとも思います。

もっとも結婚したいという希望は持っているけれどもできない、という人であればそうした状況になる可能性はあり、こうした人が多いのだとしたら短命の原因となっていてもおかしくないのかもしれません。

生命力説

最終的になんらかの病名が付いて亡くなるとは言え、病気になる前の段階から心身的な傾向があるのではないかという説です。

人それぞれの特性としてバイタリティや生命力があり、バイタリティが少ない人はお金や地位などに執着が少ないとすると、そういう人は婚姻を自ら選ばず、またパートナーとしても選ばれにくい傾向にあるのかもしれません。

そしてバイタリティが少ない男性があわせて病気になりやすく寿命が短いのだとしたら、結果として未婚男性は短命であるという現象に現れているのかもしれません。

目的喪失説

死亡年齢中央値67歳ということは、多くの未婚男性は退職の直前から直後の数年間に亡くなっているわけです。社会的孤立説と同じように未婚の男性にとって退職による人的関係などの環境の変化が有配偶者に比べて大きいのではないかという説です。

人生に普遍的な目的などはないのかもしれません。ただ現実的に良い人生を歩むためにはやはり目的を見据えながら生きるほうが合理的ではあるでしょう。

目的は何でも好きなことを自分で設置すれば良いわけですが、パートナーのいる人はそうした目的を見出しやすく、未婚で孤立している人には見出すのが難しいのではないでしょうか。

特に結婚をせず仕事だけに専念してきた人にとっては、退職が突然の人生の目的喪失に繋がりやすいのでしょう。目的の喪失は生きる上で必要になる緊張感がなくなり、それが心身に影響しているのかもしれません。

解決策としての婚姻はない

未婚男性の短命が何に由来するかを見てきました。他の要因もあるのかもしれませんが、おそらく主に上記のような問題が複合してこの現象になっていると思われます。

未婚であることは家族を持つ責任や鬱陶しい人間関係から距離が取れ、気楽である一方、自分自身への責任も放棄されやすく、生活習慣の改善やバイタリティに溢れた活動もしなくなる可能性が高くなります。また未婚男性は人生の目的を見失いやすく、周囲との適度なコミュニケーションを取ることも困難になりがちでもあるでしょう。

長く生きられたほうが無条件に良いとまでは言いませんが、社会の中で特定の集団だけが寿命が短いという事実はその社会が何らかの構造的な問題を抱えている証左でもあるでしょう。

国は未婚男性の短命の原因について詳細に調査するべきでしょうし、その因果関係を明らかにしてゆく責任があるでしょう。

そしてこの問題の最もやっかいな点は「未婚の男性が結婚する」が解決策として当然であるかのように見えるということです。

たしかに婚姻率が上がればこの問題自体は大部分が解決するのかもしれませんが、それは少子化問題に対して「子供を産む」を解決策にするようなものであって、あまり現実に基づいた話にはならないでしょう。

いずれにしても婚姻に関しては社会として人々が結婚しやすい環境整備を進めることは必要でしょうけれども、未婚男性の短命問題に関してはその因果関係に対応した形の解決策があわせて求められることになるでしょう。

未婚男性の一人として言いたいこと

まず未婚男性の短命を社会的な問題として認識してもらいたいです。

たしかに婚姻するか否かは個人の選択の問題であり、それはいわば自己責任だということにもできるでしょうけれども、社会として放置して良い問題であるとは思えません。また結婚を望んでいてもできない未婚男性もいるわけですからなおさらです。

そして結婚ができないことが各々の経済状況に由来するなら、これは貧困問題の一部なのであって、当然ながら社会的な問題として考えなければならないでしょう。未婚男性の短命問題はその結果の終端部として露出しているだけなのでしょう。

また生命力、寿命のような生まれながらの格差が私たちに存在することも否定し得ない事実ではあるでしょうが、それを社会としてどう扱うかは別の問題としてあるでしょう。せめて短命な未婚男性を必要以上に揶揄することはやめてほしいものです。

まとめ

冗談かとすら思っていた未婚男性の寿命が短いという話は本当でした。事実なのであればもっと広く問題として捉えられてもおかしくはないはずなのに、なぜか世間的な関心は低いようです。

むしろ結婚すればいいとか、婚活しろとか、フリーライダーだとか、自己責任だとか、独身税を取ろうとか、社会保険の生贄になれだとか、因果応報だとか、好きなように言われる始末です。

未婚男性が短命の理由は必ずしも明らかではありませんが、様々な理由によって生活習慣が乱れることが大きいようです。さらに因果関係が解明された上で、社会的な対応がなされることを求めたいと思います。

未婚男性の一人として確信的未婚男性に言いたいこと

自分が将来的にも結婚しないという決断をしている、もしくはそんな予感を持っている未婚男性に向けて少し書いてみたいと思います。

残念ながら私たちの寿命は他の多くの人達に比べるといささか短い可能性が高いようです。

でも悲観することはないと思います、いつか死ぬことは誰でも同じなのですから。精いっぱい楽しんで生きてゆきましょう。

生活習慣の乱れが短命の原因なのであれば、有配偶者に負けないぐらいに健康に対する意識を高めてみるのも良いでしょう。食生活と運動習慣を改善しましょう。

未婚なのですからお金だってそんなに必要にはなりませんよね。仕事にばかり専念しないでも良いのではないですか。ワークライフバランスを一度考えてみてください。

余計なお世話に感じるかもしれませんが、人生の目的を何でもいいですから決めて生活してみてください。これは自分で決めるしかありません。趣味を持つのも良いと思います。

たぶん私たちは気を抜きすぎているのが一番いけないのでしょうけれど、まあのんびりいきましょうよ。

狩生

  ■ フリーダウンシフター ■
  ■ 減速ライフを実践中! ■
  ■ のんびり生きましょう ■

読書 / 英語小説 / 古代史研究 / ドロー系 / ウォーキング / python / 脱消費主義 / 新米ブロガー

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