認知的不協和の解消を肯定的に認知してみる

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認知的不協和って何のためにあるんでしょうか?

認知的不協和とは

認知的不協和とは

認知的不協和とは、社会心理学で使われる言葉で、矛盾する心情や認識を2つ持ったときに生まれる不安な心理や状態を表します

認知的不協和の状態自体は、わたしたちの日常の生活の中でもよく出会うありふれたことです。

問題になるのは、この不安定な状態に対して、わたしたちがどう解消してゆくか、あるいは解消しようとする傾向にあるかということです。

認知的不協和の例

喫煙者の不協和

  • A:タバコを楽しみたい、かつ健康でありたい
  • B:タバコを吸うとガンなどになりやすい、という事実を知る

最初はAの状態だけの状態でいるとします。

そして、ここにBという情報が新たにもたらされます。

AとBは同時には成立せずに不協和します。このときの心理状態が認知的不協和です。

この不協和を解消するためにはAかBのどちらかを否定しなくてはいけません。

Aを否定する場合、タバコをやめるという行動を選択するか、もしくは健康でなくてもよいという認識を成立させます。

Bを否定する場合、タバコとガンの因果関係を否定するような情報を探して、そちらを支持するという行動になります。

たいていの場合、既存の認識と矛盾した新しい事実をどう受け止めるのかという問題になります。

新しい事実のほうを認めて既存の認識を改める方向と、既存の認識の変化を嫌って新しい事実を否定するような、さらに新しい事実を探す方向の二通りのパターンがあります。

酸っぱいぶどう

イソップ物語の「狐とぶどう」が例としてよく出てきます。

ぶどうを食べることができなかった狐が、「あのぶどうは酸っぱいにちがいない」と思いながら去るという話です。

  • A:おいしそうなぶどうを食べたい
  • B:ぶどうを取ることができない

狐はこのAとBの認知的不協和によって、Aを否定することになるわけです。

ぶどうをおいしそうだと判断した事実は置いておいて、認知をさかのぼって酸っぱいと入れ替えてしまうということです。

Aが欲しかったけれども、手に入らないという事実Bのために、Aの評価を変更することによって不協和を解消しようとする心理的な動きがあるわけです。

同じような話で「甘いレモン」があり、なんとか手に入れた果実はレモンだったのだけれども、「このレモンは甘い」と思い込んで満足しようとする、というものがあります。

意に反していた点はあるものの、結果的に手に入ったもので満足しようとする心理が認知的不協和の解消のために選ばれることがあります。

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認知的不協和をどう解消するべきか

このように認知的不協和の状態になったときにわたしたちの行動を客観的に見てみると、あまり合理的でも論理的でもないように見える解消法を好むように選択していることがわかります。

認知的不協和の利用

この認知的不協和はマーケティングに応用されています。

消費者を不安な状態に意図的に追い込んで、その不協和を解消させるために商品やサービスを売ろうとするわけです。

実際に成功するのかは知りませんが、対人関係のハウツー本などでは他人をコントロールするために認知的不協和の利用があげられていたりします。

やはり対象となる人物を不安な状態に置いてから、その不協和の解消となるように心理を誘導してゆくそうです。

どちらにしても、わたしたちが自分の心理の動向に関して、あまり合理性や論理性を重視した決定をしないことを利用されているのです。

その対策はあるか

悪意があることばかりではないでしょうが、マーケティングや他者からのコントロールに対して無防備でいることは、けして安全なことではないでしょう。

わたしたちは認知的不協和の意図的な利用に関して十分に注意しておく必要があります。

そのためには認知的不協和をはじめとした自分自身の心理的な動きに関しての知識を持つとともに、自分自身の心理的判断に関して客観的な判断をしてゆかねばなりません。

その判断が合理性や論理性を持つものならばより好ましいわけですが、自分自身の心理的な動きに関してそこまで客観的な判断をするのは困難な場合のほうが多いでしょう。

マーケティングなどでは消費者の既存の認識Aを変えるために、事実Bを突きつけてAの否定をさせるわけです。

ですから、思わぬ事実Bが来たときには、まずそのBのほうを否定する材料を探すようにするべきかもしれません。

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認知的不協和の解消を肯定的に認知してみる

他者からのコントロールは避けたほうがよいでしょうが、認知的不協和の解消自体は自分の心理状態の安定を保つための自然な作用です。

また結局のところ、わたしたちは自分が認知した世界でしか生活できないわけです。

どれほど不合理で非論理的な認知の結果であったとしても、それで安定的な自己が保たれるのであれば、それでいい、というように考えることもできるでしょう。

  • A:大企業に就職したかった
  • B:大企業に入れずに小企業に就職した

というような不協和があった場合、Aの大企業を否定してゆくのも解消の一つであるわけですが、あまりおすすめのできる方向ではありません。

「甘いレモン」方式で、小企業を選択したことを肯定的に評価してゆくほうが、健全な方向であるはずです。

たしかに現状追認的な判断というのはしばしばネガティブに捉えられることもあります。

しかし過去の選択を今から変更できないような場合に関しては、むしろ積極的に現状を追認して、前を向いていったほうが良い選択になってゆくでしょう。

認知的不協和の状態に陥ったときには、意識的に解消方向を選んだ上で、積極的に不協和の解消に務めるのが良いのではないかと思います。

可能ならば、解消する方向は合理的で理論的な方法を選択し、その影響が自分の認知の範囲を超えない程度のものにしましょう。

平穏な心理状態を維持していくためにも、認知的不協和を上手に解消していきましょう。

カリュウ

フリー・ダウンシフター 兼ブロガー
収入を減らし、生活の質を求める減速生活を20年以上実践中/節約、家計改善の情報、健康や読書の話題を書いていきたい
闇雲に働くのはやめよう/下流志向/ハロプロヲタク/inkscapeトレーサー/英語小説発掘/古代史研究/プログラミング/ウォーキング/九州在住

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