国内は若干立ち遅れが目立つものの世界的には音楽事業はストリーミングサービス市場へ移行しています。現在もフィジカルメディアを基盤とした事業モデルが継続してはいますが、いずれ音楽コンテンツ産業は質的な転換を強いられることになると予想しています。
コンテンツ市場の飽和
まず、この数年のうちにコンテンツ市場は飽和の時代を迎えるでしょう。人々のコンテンツ消費量には需要側の上限があります。たとえ高品質で高コストパフォーマンスなコンテンツが選択されるようになるような変化があったとしても、コンテンツを消費するための時間や費用はコンテンツ市場全域で競合する関係にあるため、コンテンツあたりの売上はいずれ減少してゆくと考えられます。
コンテンツとは映画、音楽、書籍、ゲームのようなメディアに乗ったものだけではなく、レジャーやホビーなどの余暇全般の消費を含むものであり、こうしたコンテンツ産業が互いに消費者の時間と費用を取り合う形になるため、ジャンル間の競争はコンテンツ消費のコストと効率性に制約を課すことになります。
さらに音楽ストリーミングサービスのようなサブスクリプション形式の業態ではコンテンツ間の競争の条件がフラットになるため、コンテンツストックが積み上がるにしたがって消費のために選択されること自体が困難になってゆくでしょう。
アーティストビジネスの限界
音楽といっても様々なタイプのものがありますが、ここでは最も流通している流行歌について考えてみたいと思います。
こうした流行歌はいわゆる音楽アーティストに結びついた形で供給がなされていますが、こうしたアーティストの多くは芸能事務所に所属しながらコンテンツプロバイダーである楽曲レーベル会社とともに音楽コンテンツを商業的に生産しています。
言い換えると、それぞれの楽曲は芸能事務所によって養成されたアーティストがビジュアルやダンス、ライブパフォーマンスなどで構成される複合的な音楽コンテンツの一部ということになります。
フィジカルメディア中心の音楽コンテンツ制作では音楽事業者がアーティストをプロデュースし、ダンスや歌唱のトレーニングを行い、楽曲制作やデザイナーの費用を負担し、機材やプロモーション活動などに多額の資金を投入します。
多少費用が嵩んだとしても、楽曲がヒットすれば大きな収益を上げることができました。またこうして回収された資金で、新しいアーティストへの投資を行うこともできたのです。
さて、問題は音楽ストリーミングへの移行がコンテンツあたりの売上を減少させるとしたら、コンテンツの収益性も悪化することになるでしょう。つまり結果としてアーティストを中心とした音楽コンテンツビジネスを難しくしてゆくでしょう。
もちろんアーティストが得る収益は音楽CDの売上やストリーミングサービスからだけではなく、楽曲使用料、タイアップキャンペーン収入、関連グッズ収入、そしてライブ公演、タレントとしての出演料など様々なものがあります。音楽コンテンツからの直接収入が減少したからといって直ちに収支が悪化するわけではないでしょう。
しかし音楽コンテンツにおいて楽曲販売は中核的な要素であり、中核収益の悪化はアーティストビジネスのエコシステムの維持を難しくするでしょう。次世代のアーティストへの投資が減少するだけでなく、楽曲のリリースのペースも落ちてゆくことになるでしょう。
ストリーミングサービスでは楽曲が主体になる
ストリーミングサービスからの収益は基本的に再生数に連動しますが、楽曲再生数の分散がかなり低く、集中して再生される曲と全く再生されない曲とに二極化する傾向にあります。
ストリーミングランキングのどこかに音楽CD販売による収益を上回る再生数があり、再生数の尻尾側のどこかには損益分岐点とクロスする再生数があるはずです。
もちろん楽曲からの収益の依存度はアーティストの活動形態によって異なります。楽曲ごとに損益分岐点も違うでしょう。音楽ストリーミングサービスへの移行が直ちに収益減少になるかはアーティストのタイプにもよるかもしれません。
ストリーミングの年間再生数ランキングなどを見ると、アーティストの人気というよりも楽曲自体の完成度や魅力が高いものが上位に来ています。これらの楽曲には何度も聴きたくなるような仕掛けや味わい深さがあります。
つまり音楽ストリーミングでは純粋な楽曲勝負の時代になっているわけで、ジャケット買いやアー写買いは過去の話になっているのでしょう。
また音楽コンテンツは歴史的にジャンルが細分化しており文化的な多様さと豊かさを実現しているとは評価できるものの、実質的には消費者嗜好のクラスタ化が進んでいるとも言えます。これがストリーミング時代においては必ずしもプラスには作用しないのではないかという懸念もあります。
というのも大衆的な人気を誇るジャンルに再生数が偏るため、消費の評価軸が再生数になってしまうとマイナージャンルの楽曲はますます片隅に追いやられることになる可能性があります。
結果的に職業アーティストの営業戦略は基本的にストリーミング再生数を確保することになりますが、再生数を伸ばすための小手先で使える手段は存在しないため、なるべく消費人口の多いジャンルで、魅力的な楽曲を制作するしかないということになるでしょう。
グループアイドルは消滅へ
こうした収益性の悪化はアーティストの形態や活動方法も大きく変えてしまうでしょう。基本的には損益分岐点を低くする方向しかなく、楽曲やMVなどの制作費は抑えられ簡素なものになるでしょうし、大規模なプロモーション活動もなくなってゆくのでしょう。
楽曲以外の収入を増やす方向はコンテンツ飽和の状況においては無理があるため、ファンへの営業活動が強化されるなどの努力をしても結局は自滅的な結果にしかならないでしょう。
いずれは産業的なアーティストは構成人数を絞られたり、バンド形式も最小限なものになってゆくでしょう。ビジュアルに寄与しないメンバーは最初から裏方などに回り、有名税が収入に見合わなくなるため匿名的でライブなどを行わない抑制的な活動をするアーティストも増えてくるかもしれません。
こうしたことを考えると、グループアイドルにとっては音楽ストリーミング市場はかなり厳しい環境になるのだと思います。おそらく音楽CDの消滅とともにグループアイドルは消えてゆく運命にあると予想しています。
いずれにしても、メジャーアーティストとして一度成功すればそのままセレブ入りというような認識もかつてはありましたが、すでにそうした時代はとうに過ぎ去っており、ミュージシャンに憧れた人が新たなミュージシャンになるというような再生産サイクルも止まりつつあるでしょう。
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